DNAの複製(自己複製)
多細胞生物では,受精卵から分裂増殖した莫大な細胞によって,胚形成が行われる。 また,成体になっても,古い細胞を交換するため,細胞は常に新生されている。この細胞分 裂の引き金となるのがDNAの複製であり,遺伝子DNAは自らの複製(自己複製)を通して 細胞分裂を調節している。そして,DNAの複製によって親細胞の遺伝情報は娘細胞へ正 確に受け継がれている。ひいては,その情報が,生殖細胞の分裂を介して生物を連続させ ることにもなる。DNA複製のしくみは3段階に分けると理解しやすい。....................................... |
T.半保存的複製 DNAの複製では二重らせん構造が実にうまく利用されており,片方のDNA鎖が鋳型とな って,もう一方の新しい鎖が合成される。このような複製のしかたを半保存的複製という(図 A)。この方法だと,塩基対の法則(A−T,C−G)に従い,全く同一の塩基配列をもつDNA 二重鎖が2本出来上がり,遺伝情報を間違いなく娘細胞へ伝達できる。DNA複製が現在 進行中の部位はその形状から複製フォークと呼ばれる(図B)。複製フォークでの詳細な反 応過程が次の段階になる。................................................................................................................... |
図A 半保存的複製の模式図 図B 複製フォーク
U.複製フォークでの反応過程
新しいDNA鎖を合成する酵素をDNAポリメラーゼといい,この酵素は5’→3’の方向へ 鎖を伸長させる特性を持つ。DNAポリメラーゼが複製フォークで働くためには,DNA二重鎖 がヘリカーゼで開裂された後,1本鎖DNAを鋳型として,まず短いRNA鎖(プライマー)が 合成される必要がある。このプライマーが種火となって初めてDNAポリメラーゼが働き,新 しいDNA鎖(新生鎖)を伸長させていく(図C)。プライマーは役目を終えると除去される。..... |
図C DNAポリメラーゼによる新生鎖合成
ただし,図Dで明らかなように,鋳型となる各DNA鎖の方向性は,複製フォークの進行方 向に対して,一方(図の上側)が3’→5’で,他方(図の下側)が5’→3’と逆になっている。 従って,新生鎖の方向性は,前者が5’→3’で,後者が3’→5’になる。ところがDNAポリメ ラーゼは5’→3’の方向だけに鎖を伸長させる酵素なので,5’→3’の新生鎖は連続的に 伸長できるが,3’→5’の新生鎖は連続して伸長できない。それで,新生鎖の複製方法は, 連続的複製と不連続的複製に分けられる。DNAの複製機構は真核生物ではまだ未解決な 部分が多い。しかし,基本的には原核生物と同じなので,ここでは大腸菌を例に説明する。 |
図D 連続的複製と不連続的複製の模式図(大腸菌の例)
<連続的複製>............................................................................................................................................ ヘリカーゼで分離された各DNA鎖のうち,3’→5’鎖を鋳型に合成される新生鎖(5’→3 ’)では,DNAポリメラーゼによる伸長方向が複製フォークの進行と同一方向になり,連続 的に複製が進む。この新生鎖をリーディング鎖(先行鎖)という(図D参照)。.............................. <不連続的複製>...................................................................................................................................... もう一方の5’→3’鎖を鋳型に合成される新生鎖は3’→5’方向になるが,その方向に鎖 を伸長させる複製酵素はない。そこで,DNAポリメラーゼが,複製フォークの進行に逆らっ て,5’→3’方向に鎖を伸長させることになる。そのため,新生鎖の伸長は途中で中断さ れ,短いDNA鎖が不連続に合成される。その後,短いDNA鎖が連結されて,新生鎖が完 成する。この新生鎖をラギング鎖(遅延鎖)という。以下は,ラギング鎖の詳しい形成過程で ある(図Dの番号順に説明)。.......................................................................................................................... @ ヘリカーゼで分離された5’→3’鎖は結合タンパク質で補強され,安定な状態になる。 A プライマーゼにより,まず,プライマーが5’→3’方向に合成される。.................................... B このプライマーに続いて,DNAポリメラーゼVにより,新生鎖が5’→3’方向に合成さ れ始める。しかし,先に合成開始点となったプライマーの部位までしか伸長できない。こ のようにしてできた新生鎖の断片は発見者にちなんで,岡崎フラグメント(岡崎断片)と呼 ばれる。............................................................................................................................................................... C 岡崎フラグメントの形成が終了すると,別のDNAポリメラーゼTにより,先のプライマ ーが分解されてDNA鎖に置き換えられる。........................................................................................... D 最後に,DNAリガーゼにより,岡崎フラグメントとCで置き換えられたDNA鎖が連結さ れる。................................................................................................................................................................... E 以上の反応の繰り返しによって,1本の連続した新生鎖になり,複製が完了する。........ |
V.染色体への分子構築
真核生物の細胞分裂では,複製されたDNAは染色体の形に凝縮された後,2個の娘細 胞に分配される。ヒトの場合46本の染色体に凝縮されるが,長さ10μmの染色体に含ま れるDNAは10cmにもなり,約10000分の1に圧縮されている。全染色体のDNAの長さ を合計すると,実に1m以上になる。すなわち,DNAがもつ莫大な遺伝情報は染色体の形 成によって初めて,娘細胞へ正確に伝達されるのである。DNAの長い二重らせんがどのよ うに折り畳まれて染色体になるのかはまだ明らかでないが,その基本モデルは次のように 考えられている(図E参照)。............................................................................................................................ |
<多重らせん化モデル> @ 分裂前の細胞核では,DNAはタンパク質と結合したクロマチンと呼ばれる状態で存在 する。..................................................................................................................................................................... A クロマチン内のDNAは,特にヒストンというタンパク質と一定比率で結合しており,この タンパク質に巻き付けられている。........................................................................................................... B DNAとヒストンが結合した単位をヌクレオソームといい,ヌクレオソームは繰り返されて 数珠状につながっている。........................................................................................................................... C 分裂期にはいると,ヌクレオソームの連続した鎖をもとにらせん化した太い鎖ができる (一次らせん化)。............................................................................................................................................ D この太い鎖が,さらに二次らせん化,三次らせん化ぐらいまで進み,染色体になると推 測されている。................................................................................................................................................... E 染色体の構築では,部分的にはループモデルやジグザグモデル等も考えられている。 |
図E ヌクレオソーム鎖による多重らせん化モデル
DNA複製による細胞分裂は,単に細胞を増殖させているのではなく,細胞分化,老化, 抗体産生,傷口の修復,癌化などの生命現象と密接に関連していることを忘れてはならな い。つまり,個体の存続は,毎日,どこかで細胞が分裂し,その分裂に応じた形質が発現さ れることによって支えられている。細胞分裂のスタートとなるDNA複製の重要性は,まさに ここにある。............................................................................................................................................. |