遺伝形質の発現(形質発現)

 

T.個体維持の形質発現

 生物個体が示す遺伝形質(姿・形・体質)は,生体を構成する細胞内の物質代謝(合成と
分解)
がもとになって発現されている。そして,その物質代謝はタンパク質よりなる酵素によ
って進められる。一方,DNAの遺伝情報に基づいて酵素をはじめ多種多様のタンパク質が
合成されている。
それ故,遺伝子DNAは,タンパク質合成を介して,個体特有の遺伝形質
を発現させている。
ここでもう一度,遺伝子DNAがタンパク質合成を支配する意味を考えて
みよう。
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<タンパク質合成を支配する例>

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 細胞膜タンパク質・・・・・細胞と細胞小器官の膜形成や働きなどの支配
A 構造性タンパク質・・・・・細胞骨格,細胞外マトリックスのコラーゲンなどの支配
B 収縮性タンパク質・・・・・繊毛の微小管,筋細胞のアクチン・ミオシンなどの支配
C 酵素タンパク質・・・・・・・化学反応(合成と分解)の触媒として,タンパク質はもち
                  ろん糖質・脂質の代謝も支配
D 輸送タンパク質・・・・・・・ヘモグロビン(Oの運搬),血清アルブミン(脂肪酸の運
                  搬)などの支配
E 調節タンパク質・・・・・・・各種タンパク質ホルモン(インスリンなど)の支配
F 防御タンパク質・・・・・・・免疫抗体,インターフェロン,血液凝固因子などの支配
G 貯蔵タンパク質・・・・・・・フェリチン(Feの貯蔵)などの支配
 上記の例のように,遺伝子DNAはタンパク質合成を駆使しながら,日常のあらゆる生命
活動を司っている
ことがわかるであろう。言い換えれば,外界から取り込まれた食物が消化
酵素(これもDNAによって合成)で分解され,その生体材料をもとに全身の細胞が遺伝情報
に従って必要な成分を再合成している。
この生命活動の繰り返しによって個体が維持され,
結果として個体特有の遺伝形質も保持されている。それで,久しぶりに会う友人でも顔をみ
るとわかるのである。
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U.個体形成の形質発現

 多細胞生物の一生は受精卵というたった1個の細胞から始まる。受精卵は発生に伴い分
裂を繰り返して数を増やしながら,それぞれの位置に応じた働きをもつ細胞になっていく。そ
れらの細胞は,両親から受け継いだ遺伝情報のすべてを共通にもっているが,全遺伝情報
を発現しているわけではない。むしろ多くの遺伝子は休止している。
発生過程のある時期
に,特定の位置の細胞が全遺伝情報の中から必要な情報だけを発現させている。
こうして
胚細胞の分化が進み,役割分担が段階的に決定していく。
様々に分化した細胞は集合して
組織や器官になり,最終的に
個体が形成される。この形質発現の調節によって,新個体の
「種」や「個体特異性」も決まってくる。
新個体をつくる遺伝情報は,当然ながら両親の遺伝
子の組み合わせで決まる。
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<発生過程における形質発現の例>

 発生過程における形質発現の調節機構について,遺伝子レベルでの解明が進んでいる
ショウジョウバエの場合を挙げてみる。ショウジョウバエの初期胚では,
体の前後軸を大ま
かに分けるために,まず
分節遺伝子が働き,体節を形成する。図Aは分節遺伝子の一つで
ある
ギャップ遺伝子の例を示したもので,この遺伝子の発現によって中央部の体節が決め
られることがわかる。
もしギャップ遺伝子に変異が起これば,発現すべき体節部が欠落した
になる(右端の胚).....................................................................................................................................
 
 

図A ギャップ遺伝子による体節形成

 

その後,体節の特殊化を決めるホメオティック遺伝子がそれぞれの体節に応じて発現し,
角,肢,翅などが生えてくる。
もし,あるホメオティック遺伝子,たとえばアンテナペディア遺
伝子群
に変異
が起こると,触角ができる体節に肢が形成されることもある(図B).................
 
 

図B ホメオティック遺伝子変異による発生異常

 

 このようにして,遺伝子の発現が発生時期と発生部位で正確に調節されながら,胚の体
制が形づくられていく。
哺乳類のマウスの場合でも,同じような遺伝子が働くことによって
の前後軸
が決められ,手足も形成されると考えられている。ただ,遺伝子発現によるタンパ
ク質合成と胚形成との間にはまだ未解決な問題点が数多く残されている。
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